1月21日(木曜日)なぜか中途半端な年齢に節目を感じる俺

やっと木曜日か。週末が見えてきたけど、その短い週末も予定がある。つまらん予定です。そして土曜日までの仕事が見えていて、それに文句があるわけじゃないが、こんな状態が死ぬまで続くのか…と思うわけです。そう思うけど、死ぬまでこの状態が保てれば幸せなのかもしれません。なんだかね。写真は今日のランチです。完食出来ませんでした。

記念日的な発想が全くない俺。SNSの誕生日公開もしていない。一度、著名な方から立派なコメントをいただいて恐縮してしまった事がある。変な気を使わせてしまって申し訳なく思っています。

元々、誕生日を祝ってもらうなどという慣習が無い家で育った。これは実家の経済力というより、親のキャラクターだな。特に父親のね。この件に関しては全く恨んでもいない。ただクリスマスプレゼントくらいはちゃんとして欲しかったな。物欲の観点からです。貰った記憶はあるけど、何かチグハグな感じがした。やっぱり親父がダメだったんだろうな。話がそれた。

そんなわけで誕生日が来る前に、珍しく年齢的な節目の話です。今年54歳になります。4月の遅生まれとだけ言っておきましょう。54歳の何が節目か?ついに磯野波平さんに追いついてしまったわけです。子供の頃から見ていたサザエさん。その一家の最年長の人に並んだわけですよ。くだらない事に節目を感じるというかもしれませんが、昭和の時代ならあと一年で定年です。その歳になるんですよ。

そして取りあえずの寿命を63から4と、ある時から考えるようになりました。これはさかのぼると、警視庁にいる同い年の友達から聞いた話が最初かな。警察ってのは24時間勤務で、明けの非番という3交代制だ。これが警視庁だけ、昼勤務→午後からの泊まり勤務→明→非番という形になっているらしい。定年後まもなく死ぬひとが多かったのいうのが、この勤務体系になった理由だそうです。昔は週休一日ベースで3交代だったから、それは激務でしょう。俺達の時代は、高卒で入っても4週6休ベースだから全然マシですね。これを20代か30代で聞いた時は、そんなもんかなぁ〜と漠然と思っていました。

これが30代40代になってくるとちょいと話が違ってくる。人生の先輩が実際にその歳で亡くなって行く事を目の当たりにするようになったのだ。こっちが一方的に知っている有名人であることも多いけど、それだって、え〜ってなもんである。そして自分の父親が64で他界している。父親が早死にすると、自分も長く生きられないと思うひとが多いらしい。私の場合もちょっとだけそれを感じたけど、まぁ〜このくらいがひとつの寿命の目安なわけだとは思っていたからね。確かにウチの親父があの歳でってのはありました。それくらい丈夫な人だったという意味です。

その64歳になるまであと10年。そして今年は親父の十三回忌です。53歳で逝ってしまったちょっとだけ年上の友人の七回忌でもあります。その友人の年齢にも追いついてしまったな。コロナ禍を除いても法事をやる予定なんてないけどもう十三回忌か…と思うわけです。あの時はちょっと別の事でも嫌な扱いをされたし色々とあった。そして友人がなくなった時も…早く亡くなった友達の命日にも勝手に手を合わせていますよ。ますます取りあえずの寿命が具体的になってきている中、百まで生き延びる事を考えなきゃいけないわけです。いずれにしても厳しい人生だ。