1月1日(木曜日)昭和101年平成38年令和8年丙午(ひのえうま)

毎日これをチェックしているご近所の方々ご苦労様です。(一部の人に向けての嫌味)良くも悪くも日々単調。勝手にPERFECT DAYSを気取っている底辺労働者(社会的評価)です。あけましておめでとうございます。昨夜は紅白観ながら寝落ちか?と思ったけど、日付が変わっても目が冴えていた。紅白は負の意味で興味深い事がいくつかあった。素人目に見ても声が出てないじゃんなベテラン歌手が多数いた。一番は清水ミチコに変わってもらった方が良いのでは?というTweetが流れて来たあのお方。あの名前で食べている人もいるし、そのまま引っ込むわけには行かないのかな。37年ぶりに出場した、ファミリーヒストリーにも出たあのお方も、思ったより???な感じであった。まだ60代だよな。それに比べて矢沢永吉は今でも矢沢永吉だ。団塊の世代だぞ。このように個人差を感じるが、60代と70代の差は明確だったかな。この年齢にさしかかっている自分としては参考になる。老いとどう関わって行くかを感じさせた紅白でもあったのだ。(文中敬称略)

寝坊気味に始動。出かけるまでだらだらしていると、本当に密林から荷物が届いた。9時台に届いているので、文字通り元旦に届いたわけだ。ありがたいけど、4日以降に届くシステムというか体制に買えた方が良い。こういうのがデフォルトになっているから、エンドユーザーはつけ上がる。それとこの間ラジオで話していた事。密林は竹富島などの離島にも対応している。時間はかかるけどちゃんと届くらしい。神と言っていた。都会で稼いで田舎に還元みたいな表現をしていたな。こういうのを維持するためにも、やらない事はやらないみたいな姿勢も大事だと思う。

今年最初のお参りです。正月なのでお約束の装いです。今年もよろしくお願い致します。鰯の頭も信心からです。

その足で秋葉原へ新年会です。時間的にちょっと早いので、軽く散策。一応、俺達が知っている秋葉原も残ってはいるね。そして某ハンバーガーショップで時間調整。日本人スタッフは一人もいない。批判とかじゃないですよ。元日から働く日本人がいない現実。あとは人手不足ね。

いつもの場所で待ち合わせて、いつもの?店に行く。あの兄弟とaiyaahさんと四人です。aiyaahさんは色々落ち着いたみたいで良かった。宣教師君の職場の現状を聞いて驚愕。そんなことになっているのか。奥戸商会くんは変わらずか?いつも以上に濃い話と、ここには書けない話ばかりでしたとさ。

ちなみにこの店も日本人スタッフはゼロでした。肌の色の違うスタッフが日本酒を勧めに来る。都心ではこれがデフォルトだな。

去年は昭和100年などと話題になった。それで行くと昭和101年。そんなことよりも午年で、それも丙午(ひのえうま)だ。前回の丙午は昭和41年(1966年)だ。迷信で、女の子は気の強い子が生まれて嫁の貰い手が無い…そんな風に教わった。それで出生率が極端に下がって、次の年は出生率が爆上がりになった。厚労省の白書を見ればわかる。前回の丙午(ひのえうま)の次の年に生まれた俺達は、様々な煽りを受けたのである。

私自身は覚えていないが、幼稚園に入るのが大変だったらしい。お袋は死ぬまでそう言っていた。同じ地域の同世代の人間はこの感覚が通じるのである。愚弟は俺のおかげで?すんなり入れたらしい。

もっと切実なのは高校受験です。俺達世代は高校に進学するのが当たり前だった。この辺が団塊の世代とは違うところだな。沿線で中学浪人が多数出るなんていわれたのだ。だけど、俺達が高校受験する時は新設校が沢山出来て、偏差値が高い者から低い者まで、収まるところに収まったのである。

団塊の世代と、そこからちょっと外れた人の話を良く聞いた。最初はピンとこなかったけど、自分の世代に置換えると理解出来たな。昭和24年度と昭和25年度の違い。それと昭和28年生まれの人が言っていた、俺達は団塊の世代のあとだから、何をやっても遅れている…そんな話も聞いた事がある。昭和30年代前半の人たちの中で、団塊の世代を嫌う人もいた。

その団塊の世代に新人類といわれた俺達もアラ還だ。一個上の丙午の先輩は今年還暦。そして俺達も来年還暦だ。世代で、だからこうだと決めつけるのは駄目。だけど丙午絡みでいうと、出生率の違いは明らかで、団塊の世代から見て親子に近い年の差は明確である。そういう時代に生きてきた事は間違いない。新人類も定年を迎えるのである。何か節目があるとしたら、60年ぶりの丙午ですね。約60年前の丙午の次の年に生まれた俺はそう思うのであります。